ブログ

タシケントにて 5




領事館では久しぶりに日本人と話せた。
嬉しかった。
といってもトルファンにもウルムチにも中国には日本人はたくさんいた。
カザフスタンに入ってからはあんまりいないかな。
でも日本人を見かけても必ずしも話をしたわけではなかった。
話しかけたりなんてしない。
なぜか話しかけにくかった。
でも今は違う。
日本人と話がしたかった。
会いたかった。

「警官が多くて嫌になりませんでしたか?」と髪の白い領事館の人はまるで羊のような執事だった。

50歳くらいの細面の男性でとても丁寧で腰が低く、温和な人だった。
それにとても姿勢の良い人だった。
背中に長い定規でも入ってるんじゃないかというくらい背筋がピンとしていて、黒いスーツがよく似合っていた。
落ち着いた表情、話すリズム、低い声、滑らかな動き、できる人だ。
日本の窓口にふさわしい人だと思った。
ウズベキスタンの領事館でビザの出国日時を変更した。
出国は5日後、オレはトルコ、エジプトには陸路ではなく、直接飛ぶ計画を思いついていた。
そうすることで移動中のリスクを大幅に回避できるし、トルコでは日本のパスポートがあれば90日間はビザがなくても観光することができることは知っていた。
エジプトでは空港でビザを購入できることも知っていた。
そういうことを確認しながら、これまでの出来事をいくつか交えて在ウズベキスタン日本大使である日本人と話をした。
心配しながらも「とてもユニークな旅行ですね。ウズベクの人たちもほとんどの人が親切ですし、美しい所もたくさんあります。楽しんできてください」と旅の安全を祈ってくれた。
楽しんできてください、そんな言葉が使える外務省の官僚なんて渋くて素敵だなと思う。
立派な人だ。
領事館にはこんな心強い日本人が世界中にいるのかと思うと日本という国は何て優れた民族なのだろうと思った。
日本という国が今日ほど偉大であることを思ったことはなかった。
オレはこの先、カザフスタンにいたような警官やタクシーの運転手や娼婦が海外にはあたり前にいるのかと思うととても不安になっていた。
タシケントも駅にいただけで全体的に恐ろしくなった。
けど、各国の領事館にはこんなに頼りになる日本人がいるのかと思うととても安心することができた。
オレはまた旅が楽しくなってきていたし、ウズベキスタンが好きになれそうだった。とりあえず気分のよかったオレは食堂に入って、焼き飯を食べた。
これまで食べた何よりもおいしかった。ウイグルではウイグルの料理を、カザフスタンではカザフの料理を食べてきて、一番おいしいと思ったのがウズベキスタンの焼き飯だったなんて、つくづく味覚というのは習慣や文化を表すものだと思う。それに安心とはこれほど感覚に影響するものなのだと、しみじみ食事というものが心の持ちようなのだなと思う。
やはりオレの身体は米でできていたのだ。

5/5

タシケントにて 4




「アンバシー!ジャパニーズコンサレイト!」と不愉快目に言って、何とか言葉も通じたみたいで、オレは逃げるようにしてタクシーに乗り込んだ。

ただ、これはイカンな。
とりあえず警官が恐くてタクシーのレートがどれほどなのかはわからないまま、かなり焦った感じで乗り込んでしまった。
これは少し運賃の値段交渉が不利になったな、とか考えながらタシケントの街を眺めることができている自分も少しタフになっている。
どうやらウズベキスタンもイスラム圏のようだった。
ウルムチもそうだったし、アルマトイもシムケントもそうだった。
国は違っても地続きだから文化も続いているんだなと思う。
石造りの建物が多く、イスラム社会を象徴するモスクはとても立派であちこちでニョキニョキしている。
でも残念ながら高いビルに覆われてしまっているモスクが多く、タシケントの都会ではやや影を潜めている感じが否めなかった。
街全体では大都会ということもあって、それほど宗教戒律が厳しいものではない感じはした。
それは女性を見れば一目瞭然で、顔どころか頭髪も隠していないし、ズボンも履いている。
ウズベキスタンはもともとソビエトの一部だったはずなのだが、民族系統はロシア系というより中東やインドよりの顔をしたアジア系の女性が多いように映った。多くの人の髪が黒くて、黒い大きな瞳がやっぱりエキゾチックだった。
そうやって人や建物を見ていると今までとは少し違う文化圏にやってきたのかなという風情にまた新たな気持ちが感じられるも、そろそろ着くかなという頃にはタクシーの値段交渉のための気合を入れていた。
タクシーの運転手とは日本領事館前ということもあって、少し強気に値切り交渉に挑むことを決めていた。
おそらくオレが日本人であることを踏まえて相当ぼったくろうとしてくる。
日本円での1円がウズベク通貨の20スムにあたることから、20分程度乗車していた分だけ払えばオレの勝ちだと思っていた。
物価の価値は知らんが1000円程度なら払ってやろう思っていた。
そしたら2万スムだと言ってきたのでそのまま払ってあげた。
「ラハマット」と人懐っこく笑ってくれたけど、なんだかあんまり嬉しくなかった。たぶんその半額くらいでもよかったのかもしれん。最初のタクシーはどうしてもわからない。

4/5

タシケントにて 3




恐ろしい!
それでも警官の言わんとしていることを必死で理解し、騙されないように騙されないように気をつけた。
パスポートを見せろ、荷物をチェックさせろ、所持金はいくら持っている、サイフを見せなさい、という国家権力にはすべて黙って従った。
お金をよこせと賄賂をけしかけられなかったのがせめてもの救いだった。
警官による理不尽でわけのわからない事件に巻き込まれると民間人のほうがまともに思えてくるのがまた恐かった。
勘違いだけはしてはいけない。
だって、民間の犯罪がこうでもしないと抑止にならないから、警官が跋扈しているのであって、それじゃあいったい誰を信じればいいのかがわからなくなってきていた。
自分がちゃんとしようにも知識も経験も仲間もいない以上、もう恐ろしくてやっぱり旅はひとまず終わりにしようかとも思っていた。
ただセントラルタシケントステーションの外観はまるでどこぞの貴族の暮らす宮殿のように美しかった。
巨大な石をふんだんに使うと同時に巨大なガラスが青い空を反射させたシンプルながらも壮麗な駅舎になっていた。
駅前には芝生が敷きつめられ、きっちり区分けされた花壇にはいろんな色の小さな花が植えられている。
駅内とは打って変わってなんて長閑なのだろう。
これがアジアの中のヨーロッパ風のロータリーなのだなと驚いた。
お花畑の向こうには高層ビルが建ち並び高速道路も走っている。
駅前には噴水と花壇以外には大きな道路にバスやタクシーが集まっているにもかかわらず、敷地が広いせいもあってかなりさっぱりしているのがよかった。
地図で確認すると街の中心はいくつかの地下鉄が交差していて、そこら中に市電も巡っているようだったが、駅前はそんなにごちゃごちゃしていないのが街のつくりとしてはとてもおしゃれだと思った。
こんなに美しい駅舎を急いで後にして、とりあえずタクシーを捕まえなければならないなんて・・・残念すぎる。

3/5

”ためになるか、ならないか”の視野について

みなさん、こんにちは。

今日は先週の金曜日のトップ対話のレポートをします。

テーマ:”ためになるか、ならないか”の視野について
IMG_5800[1]
この日の生存戦略は視野について✨
視野の”ある、なし”についてに良いも悪いもない、という話をしました。
視野があればあるなりの可能性を追求できるし、
視野がなければないなりの無知なる結果がやってくる。
ただ子どもや学生が無知で未熟だからといって価値がないなんてことはないという話です。
その時点で無知なだけでその時々の自分にふさわしいと思った視野を選択し、追求していければそれでいい、いくつになっても人生とはシンプルにただそれだけのことだと思っている。
調和さえあれば( ̄▽ ̄)

けどその調和を乱してくる声や関係が蔓延しているので
人は簡単に自分の視野を失う\(◎o◎)/!

相対的文明国にあたる日本の精神性はある程度他者の自由を尊重する理解はあると思う。
けど、法に基づいている以上”悪いことなんて何もない”という風潮と見方は今後の社会的な課題であり、結構気づいていない風潮でもあるので太刀が悪く、そういう意味で”悪い”、あるいは”ためにならない”ランクはかなりの上位だと私は考えている。
いわゆる”悪気のない悪”というやつですね( ̄▽ ̄)
愛があれば、生きるためなら、守るためなら、金のためなら、多くの人のためなら、その他いろいろありすぎて、自由を尊重するとなんでも自己責任で悪いことがなくなってしまうんですよ( ̄▽ ̄) ※間違った倫理が罪悪感を提供すらしてるのが最悪だ
”仕方ない”を理由に現実化しているもはや役に立っていない、うまく機能していない仕組み、価値観、信念が抑圧のレベルに達している水準と新しく役に立つ仕組み、価値観、信念とで本当に好きなことで現実化を可能にしている水準の視野というのがある✨
そんな視野の目安のことをこんな風に設定してみた♪

”それをみんながやったらどうなるだろう・・・”という想像であり、アイデア✨

よくあるのが相手がされて嫌なこと、喜ぶことという発想も要所では有効なのですが、
その中には”何もしないこと”、他者を否定的に扱う要素が多くニュアンスとして含まれている気がしたし、あまり新しくもないし、的を射抜いていないのでやめた。
一方で自分の選択をみんなが”したら”どうなるかの視野というのは
その人のバイタリティの質、スケール、普遍性等の価値観がよく反映されているように思えたので今回のトピックに採用してみた( ̄▽ ̄)
要は自分のような人間がもっと増えればいいのに、というアイデアがみんなにとって楽しいことであり、幸福をもたらすものであれば社会はきっと今より良くなる。
そんな思いをアッシュの子どもたちに伝えてみたかった( ̄▽ ̄)

最も賢い考え方といい、最善の物差しといい、天才性の活かし方といい・・・
結局のところ人間は選び続けることしかできなくて、
日々その精度が試されていて、いざというときにそれが立場となり、人となりとなる。
最終的には究極の結末というものが誰にでも訪れて・・・という話にもなるのですが、
それについての解釈は皆さんのそれぞれの信念が決めていくこと。
如何にして生きるか、それは如何にして終わるか、と同じことなんですよね。
これからもそんな話の一端を続けていこうと思っています( ̄▽ ̄)

果たして現人類は本当に地球の生命にふさわしい存在足り得ているだろうか?

それではまた明日?

タシケントにて 2




カザフスタンでの一連の恐怖体験に自分の力不足を受け入れたオレはアルメニア、トルコ経由エジプト行きを中断することも考えながらウズベキスタン、タシケントを目指していた。

ウズベキスタンの首都であるタシケントはアルマトイよりもシムケントよりもはるかに大きいであろう街の様子が列車の車窓からよく見えた。
近代的なコンクリートジャングルな様子はウルムチのようでもあるけど、タシケントの方がオレは好きになれそうな気になれているのが我ながら能天気だった。
セントラルタシケントステーション駅の中は人で溢れかえっている。
一般乗客だけでなく、観光客や売り子がごった返し、それに混じって警官が多いのが穏やかではなかった。
あれだけ恐ろしい目に遭ったのだ。
気になって仕方がないのはあたり前だ。
だが危険というのは気にすれば気にするほど降りかかってくる。
ただ駅の両替所でお金を両替しただけで、ただホテルを探しているだけで、ただ試しに地下鉄に乗ってみようとしただけで、いちいち警官がオレの前に立ちはだかってくるのだ。
それにしても、地下鉄タシケントの駅の内装には大理石だろうか?その上にとても豪華に芸術的な絵画がデザインされていて、他の駅はどうなっているのだろうかの好奇心が止まらなかった。
せっかくだからどうしても利用したかったのだけど、タシケントに着いて早々に仕事熱心すぎるお巡りさんがまるで『マトリックス』のエージェントように見えてきていて、恐すぎて地下鉄の駅には近寄れない。
まったくもって見つかったら逃げられない仮想世界に迷い込んでしまった気分だった。

2/5

タシケントにて 1



シルクロードはひとつではない。

そして、オレの計画した旅程もひとつではない。
オレは2つのスケジュールでビザを申請していた。
ひとつはランドブリッジレールウェイと呼ばれる中国からオランダのアムステルダムにまで繋がっている本線、ロシア経由アムステルダム行きのルート。
一番安全にゴールまで辿り着けるであろうユーラシア大陸横断ルートだ。
もうひとつは今いるカザフスタンからウズベキスタンに南下してからトルクメニスタン、アゼルバイジャン、アルメニア、トルコを経由してエジプトへと向かう何が起こるかわからないかつての共産圏ルート。
これらすべての国を通過するためのビザをオレは取得してきた。
その申請は国の数だけ自動車免許の違反者講習を2時間受講しなければならないようなもので、とても手間がかかった。
領事館に足を運んで、書類に出入国についての詳細を記入して、わからないことについての情報収集を怠ってはいけない等のめんどくさい手続きの連続だった。
特に出入国日に関する情報は1日のズレも許されないタイトな国もあって、それに合わせた旅の計画も綿密に調整する必要があったりで、何度計画を辞めようかと思ったことか。
それでもできるだけ自由に旅の移動ができるようにと集めた10個のビザの申請にかかった時間と費用を考えるとこの決断は苦渋のものではあったが、自分の未来と命には代えられない。
全部カザフスタンのせいだった。

1/5

シムケントにて 5




おかげで何が嫌いで何がしたいかの感受性の精度はずいぶんと明晰になったと思う。
それは決して自分でも納得のいかなかった過去がしいては無駄ではなかったことだという気持ちにも繋がっている。
今もって自分がしたいこと、どうやって生きていくのかの未来については未知のままだけど、自分にできないことの多くについてはかなり明確にはなっている。
嫌いな人、噛み合わない人、危険な人と付き合うことというのはできないことのひとつだ。
オレの可能性というのは社会的にも、肉体的にも、時間的にも、その資源は限られている。その資源をどのように優先分配していくかは自分の感度に委ねられていると思っている。
オレのこれからは限られてはいるが、閉じられてはいない。
嫌いな人ややりたくない事から解放された今日日の自分の感覚には些かの自信もあったのだが、驕りだった。
ある種の危険のほとんどが見えないところからやってくることへのセンサーはまだまだ未開発のハリボテだった。
当然だとも思った。
日本の動物園のような生ぬるい社会で生ぬるく生きてきたのだ。
危険をもたらすものへのアラームを日本の常識で照らしてはいけない。
警官など危険の象徴でもある気配にザワザワしないとはこの先も何らかの事件に巻き込まれることを悟ったオレは旅の行程を大幅に変更することにした。

5/5

シムケントにて 4




そばにいるだけで疲れる人、めんどくさい人、こちらの生命エネルギーを根こそぎ奪い取ってくるような人間というものが確かに存在しているのが人間社会なのだ。
そういう人間とも共に生きるというのもなかなか立派な心がけではあると思うけど、オレはもうゴメンだ。
共にというのにはかなりの解釈があると思っている。
べったり一緒というのではなしに、無闇矢鱈に関わり合いにならない程度に共にということだ。
部室でタバコを吸う人間を認めてその不快な空気に耐えることを平気であると振る舞うこと、練習にも来ないで試合にだけは来てゲームを左右するような大事な場面で仕事をしない、いい加減なやつにも笑顔で仲良く付き合おうとしたり、明らかに後出しのジャンケンで勝って喜んでいるようなやつに対してそういう奴だからいいかと諦めたり、つまらないことで笑わなければならなかったり、飲みたくもないお酒を断れなかったり、馬鹿にされても自分が悪いと思い込まなければならなかったりしている連中が連中を呼ぶ・・・くだらん。
それらおかしなこと、理不尽なことに耐え続けている内にいろんなことが平気になることを成長とは呼ばない。
単に何かを嫌うという感受性の回路が麻痺しているだけのことだったのだ。
嫌いなことをして、嫌いな人の流れに揺られている内に自分を騙すことがあたり前になっていった。
自分の感覚が自然と麻痺して、閉ざされていった。
そうやって限定された上でままならなくなっていった現実行動の結果、作り上げられたのがこういうオレなのだ。
逃げ道を失ったオレは歪んで狂いきった回路から自由になることを望み、極端な決定を下すことになったのはひとつの事実だと思っている。
もっと違った答えもきっとあったのだろう。
だが残念ながらああいうめちゃくちゃなことをすること以外、今の自分はないことにどこか確信めいたものがオレにはあった。
多くのものを失うことになることはわかっていた。
自分のしたことがよかったことだとも思っていない。
だから、それについてを謝った。

4/5

トップレッスンの”対話”プログラムレポート✨

みなさん、こんにちは。

今日は2月から毎週金曜日に行っている”対話”プログラムの報告をさせていただきます。
このプログラムはトップレッスンの一環として今後も対話形式で継続的に続けていく予定でスカッシュを通じたライフスタイルを高水準に楽しむためのエッセンスを盛り込んでいこうと決めています( ̄▽ ̄)
今日は2月2日と7日の分を簡単にレポートします。

2月2日 テーマ”最善の物差し”
IMG_5795[1]
12月からの引き継ぎ内容からの対話スタートとなりました。
人間の基本はコミュニケーションであり、その解釈によって弱くも強くもなります。
その基本の多くは他者の評価や外部の価値観に左右されていて、それを現実とか常識と呼び、あまりに当たり前すぎることから自分自身と人間の自然の認識を見失うことから根本的な自信を知らずに活動している人が普通の大多数の人たち。
この対話及びトッププログラムでは群(大多数)を抜いた存在を目指すべく、それぞれのオリジナルな発想を楽しむためのコミュニケーションを行っていきます♪
この日は人間の意識のあり様を合わせ鏡のメタファーを使っての対話を行いました( ̄▽ ̄)
※伝えたいことがありすぎて、ガラスに板書をしていたのですがそれをすると子どもたちはノートに写すことと私の話を聞くだけの時間が増えてしまい対話にならないので板書はやめました(>_<)大切なのは知識の蓄積ではなく概念の構築なので知識偏重と板書による一方通行は非効率\(◎o◎)/!なのでこうした報告の際も私のノートによるものになることをご了承ください(>_<)

2月7日 テーマ”生存戦略しましょうか”
IMG_5796[1]
私は子どもはみんな天才性を秘めた存在であることに則って関わっています。
その資質や才能に蓋をしているものが何なのか、
どんな考え方や関わり方をすれば最大限の力を発揮した成果を得ることができるのか、
そんな趣旨を確認するための時間としました。
生存戦略とは長く生きることとは隔した如何にして生きるかなのです。
3月に迫っている全日本ジュニアを如何なる時間とするか、
その経験そのものが今後の生存戦略の強度へと変わっていく。
この日は私の提示する放送禁止用語に基づいて目標設定の言葉使いを更新しました。

今日もまたそれぞれの天才性への選択の確率を高めるためのお話をこれからします。
そのお知らせは来週の月曜日か火曜日にしていこうと思うので、
ぜひぜひ今後も楽しみに遊びにいらしてください♪

それではまた来週〆

3月のスケジュール変更のお知らせ

みなさん、こんにちは。

今日は3月のスケジュール変更についてのお知らせです。
IMG_5793[1]
2・3月スケジュール2018 変更版
3月の火曜日の大人レッスンとトップレッスンを入れ替えました。
何を思ったか子どもたちを21:30まで残すスケジュールを組んでしまい、
せっかく利用したいのに参加できないのでは本末転倒であることに最近気づいた(T_T)
たかが週1といえどされど週1・・・子どもたちに1日でも無駄な日を過ごしてほしくない気持ちを反映させていただきたいと思います。
19:30からのシニアレッスンは20:30に変更させていただきました。
赤レッスンから離れてしまい、黄色レッスンへの続けて参加にタイムラグが生じてしまいますがどうかご理解いただければと思います(>_<)
金曜日以降、館内告知をさせていただきたく思います。
今後も変更等はたびたびあるとは思いますがよろしくお願いいたします。

それではまた明日〆

1 2 3 4 5 6 59